高山文彦さん著 “エレクトラ〜中上健次の生涯〜”
とてもいい本でした。健次の娘へ宛てた手紙は、健次の素の眼差しが見えて、胸に沁みた。
「お父さんが結婚が結婚したのは、二十三歳の終わりです。紀は二十四歳の時うまれたわけです。
今から考えると、ものすごく若いお父さんです。みんな遊んでいる頃です。でも、その時も今も、ひとつも他の者をうらやましいとは思いません。紀がもし生まれていなかったら、お父さんの生活はいまとまるで違ったものになっているかもしれませんが、そんな事は想像力が働きません。紀だけのときは、三人、菜穂がうまれると四人、涼がうまれると五人、自然にそう思って物を考えて来たわけです。作家として、娘から影響を受けていた、と、研究者は将来言うと思います。
人を愛する事、自然に愛する事、その愛の相手から何も求めない事、おそらくどの親、誰の親でもお父さんの気持ちを分かるだろうし、そのうち紀だって分かる時が必ず来ます。絶対の尊厳とその愛と言ってもいいでしょう。キリスト教も仏教もイスラムも、ユダヤ教も、それを実に丁寧に説いています。
さてその絶対の尊厳の愛の対象の紀様
もう将来の勉強の課題は決まりましたか。
志は高く、なるたけ遠くに、持った方がよいと思います。」(222頁から抜粋)
読んでみて感じ入るのは、小説家中上健次になるのか、犯罪者永山則夫になるのか、人生紙一重だということ。その紙一重を分けるものがあるとすれば、それは「愛し愛された経験があるかどうか」、「今いる大切な人を大事にできているかどうか」、「自分が出合ったこと/出合ってしまったこと、生まれ育った場所(環境)を忘れ去らずに必然として受け入れ、その奥へ、その先(根源)へゆこうとするかどうか」だと思う。
まっとうさのすべてはそこから、その姿勢からやってくるんだと思う。