多田富雄  新しい赦しの国

帰ってきた老人は
棘のある針槐の幹にもたれ
髭だらけの口を開いた
無意味に唇を動かし
海鳥の声で
預言者の言葉を呟いた


海は逆立つ波に泡立ち
舟は海に垂直に吸い込まれた
おれは八尋もある海蛇に飲み込まれ
腸の中で七度生まれ変わり
一夜のうちにその一生を過ごした
吐き出されたときは声を失い
叫んでも声が出なかった


おれは飢えても
喰うことができない
水を飲んでも
ただ噎せるばかりだ
乾燥した舌を動かし
語ろうとした言葉は
自分でも分からなかった
おれは新しい言語で喋っていたのだ


杖にすがって歩き廻ったが
まるで見知らぬ土地だった
真昼というのに
満天に星が輝いていた
懐かしい既視感が広がった
そこは新しい赦しの国だった
おれが求めていたのはこの土地なのだ


おれの眉間には
明王の第三の眼が開き
その眼で未来を見ていた
未来は過去のように確かに見えた


おれの胸には豊かな乳房
おれの股座には巨大なペニス
おれは独りで無数の子を孕み
母を身篭らせて父を生む
その孫は千人にも及ぶ
その子孫がこの土地の民だ


おれは新しい言語で
新しい土地のことを語ろう
昔赦せなかったことを
百万遍でも赦そう


老いを得て病を得たものには
その意味が分かるだろう
未来は過去の映った鏡だ
過去とは未来の記憶に過ぎない
そしてこの宇宙とは
おれが引き当てた運命なのだ