大野一雄『稽古の言葉』より

“お父さんお母さんが子供を育てるときに、お父さんお母さんだけで育てるわけにはいかない。われわれが住んでいる世界があって、たくさんの人と一緒に住んでいる。お父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんだけでなく、たくさんの人たくさんの人たくさんの人たくさんの人、こういうお世話になっておるわけですよ。私はそういうことを言おうとしている。私は踊りをいろいろと考えておる。確かに自分が考え出したこともあるけれど、自分だけで考え出したのではない。たくさんの人のお世話になっている。人間が考えているということは、生きておるということは、そのたくさんの人の中で受けるものは受けて、与えるものは与えて、お互いに苦労しながら生きてきた。もちろん与えるばかりでなくして、あるときには、悲しいことだけれども、奪ってということだってある。おそらく私は、自分が考えたってのは、おそらく何もないんだ。全部恩恵によって考え出されたものだと私は思っている。前の前の前の前の前の人の、こういう関係があるわけですよ。決してここだけで聞いてできたんじゃない。この上がある。じゃあ、こことここだけかというと、その上がある。無限にずうっとある。そういうなかで人間が体験に体験を重ねて、お世話になりながら、現在の人間のこういうかたちをしておる。”(183頁)